ゴールデンウィークの長い休みを利用して、京都まで来てしまった僕。昨日は比叡山を越えて京都から滋賀へ乗り込みましたが、この日も京都から滋賀まで歩いてきました!
この日辿ったルートは、琵琶湖疏水という琵琶湖から京都の鴨川まで人工的に掘った水路。初めて疏水と出会ったとき、道路を作ったり、鉄路を敷いたりするのと同じように、人間は水路も導いてしまう。このことにすごい心を惹かれた覚えがあります。そのきっかけとなったのは「哲学の道」を通った時でした。

まずはその疏水の全貌をざっくりとご紹介します。
ところどころ端折ってますが、主要な水路はだいたいこんな感じでいいでしょう。
疏水には大きく二つのルートがあります。最初に開通した第一疏水は、東海道の難所であった大津-京都間の舟運開通を初めとして、水力、灌漑、防火など様々な目的のために計画されます。明治2年の東京遷都以降、衰退する京都経済の復興を図り、行政・技術者・市民など多くの人々が関わり、当時の先端技術を総動員して初めて日本人の手だけによって行われた近代的大土木事業であり、明治18年に着工して以来多くの難工事を乗り越え、明治25年には琵琶湖から鴨川までが結ばれます。
第二疏水は主に電力需要の増加に応えることや、飲料水を地下水に頼るのをやめ水道水を確保するために計画され、水が汚れないように蹴上で第一疏水と合流するまでほとんどがトンネルの中を通ります。
また、第一疏水と第二疏水が合流したところから北へ流れる疏水分線は、沿線各地への水力、灌漑、防火などの供給を目的とし、当初の計画より縮小されて作られました。周辺には多くの寺社が存在し、「南禅寺水路閣」や「哲学の道」など人気の観光スポットを経由しています。
今回は、京都から琵琶湖の取水口まで、第一疏水を可能な限り辿っていきます!
スタート地点は下鴨神社!
鴨川の分岐地点のいわゆる”鴨川デルタ”に位置する世界遺産です。
ここから進んでいきます。
ひたすらこんな感じの道を進んでいきます。めっちゃマイナスイオン!
10分ほど歩いて、鳥居に到着。
朱色が鮮やかな楼門をくぐり抜ける。
本殿の手前にある舞殿と呼ばれる建物。このエリアで、自分の干支が祀られているお社でお参りをしてきました。
池の上に建つ御手洗社(みたらししゃ)と御手洗池。「みたらし団子」の由来なんだとか。
この奥の方で、「お白石持神事」というものの受付をやっていました。これ描いてるときに調べて分かったんですけど、なんとこれ21年に1度、この10日間しかやっていないことらしい。御垣内に入れるのもこの機会しかないらしい。うわーーー、時間惜しまずに参加しとけばよかった…!!
あ、まったく触れてませんでしたが、この日は前回の記事で書いたように友人の家に泊まっていました。その友人が大学の授業がある(この日はGWの狭間の平日、5/2)ということで、大学まで見送ってからここまで来ました。
そんなわけで、時刻はそろそろ12時。飯を食べるために百万遍まで出ます。
“キラメキ☆JAPAN”というお店のラーメン!店名にちょっと突っ込みたくなりますが、かなりの人気店でめっちゃおいしかった!
お腹も満たされたところで、そろそろ疏水まで行きましょう。
どんどん進んでいくと、
遊歩道に架かる橋から疏水側を覗いてみます。
鴨川から脱出して、疏水の方へ歩き出します。
これは夷川水力発電所。第二疏水とともに計画され、平成に取替工事があったものの現在も現役で活躍しています。
せっかくいい感じのテラスができかけていたのに、まだ工事中で入れなかった、残念。奥に見える銅像は、疏水建設に尽力した第三代京都府知事・北垣国道。
船が運航されていました。こういうのは一気に風景に活気が現れるからいいね!
さて、こんな感じで水路沿いに歩いてきましたが、少し道を外れます。
こちらは平安神宮!平安京の遺構だと思われがち(?)ですが、平安遷都1100年を記念して明治28年に創設されたものです。
そんなわけで、疏水に復帰!また辿っていきます。
こちらは「南禅寺舟溜り」。池のようになっていますね。奥にあるのは京都市動物園です。
この建物は琵琶湖疏水記念館。疏水の秘密が分かるかも!と思って意気込んでいたのですが…、
呆然。
気を取り直して、次行きます!
舟溜りの端の方は、このように歩くことができます。カキツバタ?菖蒲?分からないけどとてもきれいだった!
奥にはちゃんと噴水が見えています。手前のこの線路みたいなのは、、てことで後ろを振り返ります!
この光景、見たことある方が多いんじゃないでしょうか?そう、これが蹴上インクライン!傾斜鉄道とも言い、水路では通れない急な斜面に鉄道を敷いて、その上に船を載せて船ごと運ぶという仕組みです。動力は疏水の水で発電された電力を使い、開通してから陸上交通の発達により廃止されるまでの60年間、大量の人と物資を運び、京都経済の振興に大きく貢献しました。
このインクラインは、琵琶湖疏水とともに今日の京都を築いた遺産として国の史跡に指定され、今ではこうやって歩けるように保存されています。
木々に覆われるインクライン。現在では桜の名所としても知られていますよね。これは絶対きれいでしょ!!
この坂を登っていくとかなり高いところまでたどり着くことができます。
ここがインクラインの終点。ここからちょっと寄り道していきます。
…と、ここまで書いてきて、かなり分量も多くなってしまって、力尽きてきました。。この日の行程の半分も来ていませんが、残りは後半へ回したいと思います!
まだまだ長い琵琶湖への道のり、ぜひ後半も見てください!
